小手川太朗、三輪さち子 2021年5月27日 7時00分 自衛隊基地の周辺や国境離島などの土地の利用を規制する法案の審議が衆院で行われている。安全保障上の観点から、政府が特定の土地や建物の所有者を調査でき、 土地売買に事前の届け出を求める内容だ。ただ、調査範囲や対象区域はあいまいで、与野党から私権制限への懸念が出ている。会期末が迫る中、与党は28日の委員会採決をめざすが、野党はさらなる審議を求めている。 「土地の利用、取得により、安全保障上重要な施設の機能阻害行為が行われるリスクに対応することを目的として取りまとめた。土地の利用実態を十分に把握する法的枠組みがなく、取り返しがつかない事態となるおそれがある」。小此木八郎・領土問題担当相は26日、衆院内閣委員会で、法案の意義をこう語った。 きっかけは、外国資本が自衛隊基地周辺や国境離島の土地を購入していることへの不安の声だ。一定の規制の必要性については、多くの与野党が認めているが、問題は法案の中身だ。 法案では、国内の自衛隊や米軍基地、原発などの敷地の周囲1キロ以内の地域について、政府が「注視区域」に指定すると、土地の利用状況を調べ、施設の機能を阻害する行為に対して中止を勧告・命令できるようにする。特に重要な施設の周辺は「特別注視区域」とし、売買などの際に事前届け出も義務づける。 調査は、内閣府に新設する部局が関係省庁と連携して行い、情報も一元的に管理する。政府は「思想信条にかかる情報収集は想定していない」と強調する。 立憲民主党の大西健介氏は「調査を名目にした組織ができて暴走する懸念をどう考えるか」と指摘したが、小此木氏は「通常の生活を送る住民や企業に負担が生じる可能性は小さい」と述べるにとどめた。 同党の今井雅人氏は、集めた情報について「内閣情報調査室や公安調査庁に対し、情報提供することはないか」と質問。これに対し、内閣官房審議官は「法案の目的を達成するために必要と判断した場合は、関係行政機関の協力を得て、必要な分析をする」とし、「いかなる機関に協力を求める可能性があるかは調査の手の内に関する事項」として回答を避けた。 「機能を阻害する行為」のあいまいさ さらに野党が指摘したのは「機能を阻害する行為」のあいまいさだ。法案では、こうした行為に勧告や命令ができ、従わなければ刑事罰もある。 野党側は、法案審議の段階で例示を求めているが、政府は「予見可能性を確保する観点から、基本方針にわかりやすい形で例示する」と先送りしている。 とくに懸念されるのが、米軍基地が集中する沖縄などでの住民運動への影響だ。政府は「単に外部から防衛関係施設を見ている場合や平穏な形で集会を行う場合は、施設機能を阻害するものではない」と話す。 しかし、法案を推進する自民党の杉田水脈氏が21日の衆院内閣委で、沖縄の基地反対運動を例に「弁当のゴミが風に飛ばされて基地に入ってしまうことも十分に考えられる。一見して機能を害しているように見えなくても、派生する影響も十分に考慮してほしい」と政府に求めた。 これを踏まえ、立憲の本多平直氏は「本当に危ない行為に絞って、限定列挙すべきだ」と訴えた。 防衛省、規制対象のリスト提出に応じず 政府は規制の対象区域について、国境離島は484カ所、防衛関係施設は500カ所以上が検討されていることを明かした。在日米軍施設や海上保安庁施設、重要インフラ施設の周辺も対象になるという。 これに対し、野党は検討対象のリストを出すよう求めたが、「一つ一つ検討していて時間がかかっている」(防衛省審議官)などとして応じていない。 原発や自衛隊が共有する空港などを想定する重要インフラ施設の対象についても、内閣官房審議官は「国際情勢の変化、あるいは技術の進歩に応じ、柔軟かつ迅速に検討を続ける」と述べ、鉄道や放送局も「将来的に定めることはありうる」と述べた。立憲の今井氏は「非常に問題だ」と指摘した。 法案提出前の与党協議では、公明が東京・市谷の防衛省を例に「東京のど真ん中で事前届け出をするというのは、なかなかの規制だ」と問題視。法施行時には市谷をはじめとする市街地を特別注視区域の対象外とすると申し合わせた。 ただ、国会審議では小此木氏が「政府として、私として、約束をしたという話はない」と答弁。与党間の申し合わせを履行するかどうかは明言しなかった。 「住民の不安」という根拠は? 立法の必要性も明確になっていないとして、野党は攻勢を強めている。 政府が外国資本による土地買収の具体例として挙げるのが、航空自衛隊千歳基地(北海道千歳市)と海上自衛隊対馬防備隊(長崎県対馬市)周辺の土地だ。 小此木氏は11日の衆院本会議で、この2地域の買収事案に触れて、「地域住民の不安が広がり、国会や地方議会で議論が行われた」と強調。「全国の地方公共団体から、安全保障の観点から土地の管理を求める意見書も提出されている」と説明した。 これに対し、共産党の赤嶺政賢氏は21日の衆院内閣委で、自治体からの意見書はわずか16件で、千歳、対馬の両市からは出されていないと指摘。意見書の内容も、リゾート地への外国資本進出などが多いとした上で、「住民の不安が広がっていると言うが、どういう根拠に基づいているのか」と問いただした。 内閣官房審議官は、両自治体から意見書が提出されていないことを認めた上で、「それぞれの市議会で、国の対応についての議論がされていた」と述べた。赤嶺氏は「『不安が広がっている』と言いながら、根拠を示せないではないか」と批判。26日の審議では、千歳の買収事案は、今回の法案で規制できないことも判明し、立憲の今井氏は「全く立法事実になっていない」と指摘した。(小手川太朗、三輪さち子)