海渡雄一
はじめに
先の国会で成立してしまった土地規制法について、21日に、週刊金曜日の記事にする
目的で、三上智恵さんと対談しました。半分が土地規制法の話、残りは三上さんが映画
にされ、本にもされた「沖縄スパイ戦」の話をしました。七月初旬発売の週刊金曜日に
掲載されると思います。
私は、この対談のために三上さんの書かれた集英社新書『沖縄スパイ戦史』をあらた
めて読みなおしました。
三上さんが、この本を書かれた思いが、沖縄スパイ戦は沖縄だから起きたことではな
く、戦争に市民を協力させるという構造が作られたら、いつでもどこでもそういうこと
が起きるのだという警告のために書かれたのだということがわかりました。
護郷隊やスパイ虐殺者の人となりをなぜここまで掘り下げるのか
この本を読むと、護郷隊の二人の隊長やスパイを殺害した指揮者の生い立ちが詳しく
調べられ、その人物像が愛情をこめて描かれていることに驚かれる方も多いと思います。
戦後も沖縄に通い、慰霊を続けた人たちのことを克明に記録しています。これまで、沖
縄スパイ戦は鬼畜のような日本軍が、沖縄方言しか話せない人々を虐殺していったとい
う、いわば沖縄差別の文脈で語られてきたと思います。
この問題には、確かに沖縄差別の一面があることは明らかです。日本軍にとって、沖
縄の人々は日本民族の一員でありながら、半面では琉球民族という別の民族でもあり、
琉球には外国経験が多い人々がいたという事情があるのも事実です。しかし、そこを強
調しすぎると、そんなことは日本本土では起きなかったし、今後も本土では、日本軍が
日本国民をスパイに仕立て上げて殺すようなことは起きないという認識にとどめ置かれ
てしまいます。
だからこそ、三上さんは、隊長たちが護郷隊の少年隊員たちを愛し、その命を一人で
も救おうとしたことを丹念に記録しています。
結局刺客を送り込まれていたヨネさん。
また、みずから何人かのスパイを虐殺した竹下少尉が、スパイリストに入れられてい
た秘密戦の民間協力者でもあった米子さんたちを「ヨネちゃんとスミちゃんを殺すな。
殺すなら俺が許さない」と周囲に厳命して、彼女たちを救おうとしたというエピソード
は映画「沖縄スパイ戦」のハイライトともいえるシーンでした。
しかし、この本の中ではさらにその先の冷厳な真実が明らかにされています。映画で
言えば「ネタバレ」かもしれませんが、公刊された本に書かれていることですのでここ
に書いておきます。三上さんが映画を撮り終えたあとの四回目に米子さんと会った時の
ことです。衝撃的です。
「『兵隊たちがね、五、六人が夜中に家に上がり込んできたんですよ。いるか!どこに
寝てるか! と囁いてる声が聞こえて。私も母も、真っ暗闇の中、必死で蚊帳をくぐって
裏口から転がり出て、危機一髪。裏の畑の中に身を隠して』えっ、結局海軍は殺しに来
たんですね?武下少尉が止めてくれたんでは・・・『いや、やがてやられよったですね。
銃を持って来ていましたね。もう.怖い』
これまで、会う度に米子さんの口から語られたのは、水兵たちとの束の間の交流、武
下少尉に食糧を届けた話。やがてスパイリストに挙げられたという信じがたい展開と恐
怖と、それでも武下少尉が二人の女性を守ろうとしてくれたことを知り、戦後に救われ
た思いをした話。それがパターンだった。しかしこの日初めて聞いたのは、結局、刺客
が彼女のもとに送り込まれていたという残酷な結末だった。」(507-8ページ)
これだけ、三上さんに心を許した米子さんも、四回目に話す決断を付けられるまで、こ
のような悲しい結末は話さなかったのです。スパイ戦の真実を明らかにするという作業
がいかに困難な作業であるかがわかります。言葉を換えれば、スパイ戦に関することの
真実を明らかにするためには、関係者の多くが鬼籍に入りながら、秘密を抱えた幾人か
の人々が、お元気で、傑出したジャーナリストであり、民俗学者でもある三上さんがこ
ぼれ落ちる貴重な言葉の端々を記録できたという歴史のタイミングが必要だったことが
わかります。
永遠に歴史の闇に埋もれていたかもしれない貴重な記憶を本にとどめたこの「沖縄ス
パイ戦史」は、まさに三上さんの血のにじむような努力と歴史的なタイミングが重なる
ことで、決して私たちが忘れてはならない戦争の真実の姿を明らかにした瞠目すべき奇
跡の書であるといえるでしょう。
沖縄スパイ戦を沖縄差別の視点だけで語ることは、貴重な教訓を見落とすことにつなが
る
本書の「終わりにかえて」で、三上さんは次のように述べています。本書の最も大切
なメッセージであり、特定秘密保護法・共謀罪・デジタル監視法・土地規制法の制定後
の日本に暮らす市民にとって最も伝えたかったメッセージは、この部分ではないかと思
います。
「沖縄のスパイ虐殺といえば「沖縄方言を使った」ためという、文化の違いや差別に
原因を求める解説が必ずついて回るが、この視点だけを提示するのは、全体の理解を妨
げる危険もあると思っている。差別の問題だけで括ろうとすると、秘密戦の構造も、今
後も監視社会の成れの果てとして私たちを襲う可能性のある恐ろしい前例だという点も、
逆に見えにくくなる。「国内遊撃戦の参考」五十八条に見る通り、「変節者があれば断
固たる処置を取りその影響を局限する」という軍の方針は他府県の住民に対しても沖縄
戦同様に徹底されていたのだ。
ちろん、沖縄に対する歴史的な差別は根深く沖縄戦に影を落とし、それが悲劇を増大
させたことも見過ごしてはならない。しかし沖縄県民が差別され、その命が軽く見られ
ていたから起きた悲劇だとだけ解釈されると、一番大事な教訓を見誤ってしまうだろう。
つまりそれは、「沖縄はいざ知らず、本土に住む私たちはそう簡単に自国の軍隊に殺さ
れたりはしない」という誤解を生むことになる。それはさらにこういう勘違いにつなが
る。「もしも今後、隣の国と何か物騒な展開になったとしても、沖縄にいる米軍や自衛
隊が何とかする、だろう。少なくとも本土に影響が出る前に収めるはず。本土にいる国
民のことは、いくらなんでも守るでしょう」と。
今、南西諸島に続々と攻撃能力を持った自衛隊の新基地が作られていき、また戦場に
されたらたまらないと島々から必死のSOSが発せられている。それなのに、日本中で平和
や人権について活発な市民活動を展開しているような意識の高い人々も含め、無関心を
装い黙殺している人が圧倒的に多いことからも、この「自分たちは大丈夫(沖縄に何かあっ
たとしても)」という深刻な勘違いはかなり浸透していると私は疑っている(724ページ)。
加害の側の人々の苦しみや後悔など人間的葛藤を知ることの大切さ。
「特に、三人の虐殺者たち。今帰仁村の人々を何人も殺め、戦死扱いになったままひっ
そりと戦後を過ごしたであろう海軍の渡辺大尉や、米軍将校を血祭りにあげ大暴れし、
投降する住民が許せず刃にかけた井澤曹長、住民虐殺に手を染めながらも、ヨネちゃん
とスミちゃんだけは殺すなと言った武下少尉。いずれも罪もない沖縄県民を殺害してい
るのだから好感を持って調べはじめたわけでは到底ないが、しかし一人ひとりの個人史
がわかってくると、やはり見え方は変わってくる。」(734ページ)
「たとえどんな残酷な出来事を起こして、その罪の重さは変わらないとしても、加害
の側の人々の苦しみや後悔など人間的葛藤を知ったりした時に、また家族や関係者が向
き合い続ける状況に接した時に、あらためてその出来事を捉えなおそうとするものであ
る。赦しはしなくても、人は、悪の権化というレッテルをはがしてその人聞を見たり、
前後の状況を知ろうとしたり、自分だったら、と考えてみる余地も生まれてくる。
そうなって初めて、この不幸な事象が意味を持ってくる。私はここにかすかな希望のよ
うなものを感じている。戦後七五年も経ち『鬼のような日本軍が沖縄の住民を苦しめた』
という大枠の中からいくつもの事象が個別に紐解かれ、なぜ加害が発生したのか、その
構図も明らかにされていく。」(735-6ページ)
負の歴史こそが、本物の、騙されない強い未来を引き寄せてくる力に繋がる。「ある
不幸な事象が、怒りや怨みやレッテル貼りから少し距離をおくことができるようになっ
た時に初めて、そこに未来を救う大事な種が落ちていることに気づくのかもしれない。
そしてその呪縛を解くカギは、結局は関係者がどう向き合ったか、悲しみや痛みを抱え
てどう生きたかという人間の心が作り出す小さな波紋に過ぎないのかもしれない。でも
私はこの本を書き進めながら、その人間の心が発する小さな波動をいくつも受け取るこ
とができた。沖縄戦の裏側にある陰惨な事実を掘り起こしながらも、なぜか執筆期間を
通して全く心が荒むことがなかったのは、大変な時代を生きた人たちの心の波動も、そ
れを引き受けて今を生きようとする人たちの心の震えも、本当の光を見ようとしている
ように感じられ、その方向に私の心まで整えてくれたからだ。言い方を変えれば、負の
歴史こそが、本物の、騙されない強い未来を引き寄せてくる力に繋がるということを、
この人たちが私に信じさせてくれたのだ。」(736-7ページ)
本当にそのとおりです。三上さんの本は、悲しい歴史を記した本ではあるけれども、
その登場人物には人間的な魅力が輝き、明るさに満ちている不思議な本です。
「沖縄スパイ戦史」を土地規制法廃止のための武器に土地規制法8条は「重要施設」
周辺や国境離島の土地・建物の所有者や利用者の利用状況を調査するために、「利用者
その他の関係者」に情報提供を義務付けています。「関係者」は従わなければ処罰され
ます。ですから、基地や原発の監視活動や抗議活動をする隣人・知人や活動協力者の個
人情報を密告せざるを得なくなります。これは地域や市民活動を分断するものであり、
市民活動の著しい萎縮につながります。
土地規制法は、沖縄スパイ戦の時のこのような構造を現代の基地周辺地域などによみ
がえらせることでしょう。いったんこのようマシーンが作動を始めたら、最後には、住
民同士が密告し合い、多くの犠牲者を再び産み出す危険性があります。土地規制法は、
憲法が絶対的なものとして保障している思想・良心の自由を侵害するものなのです。
三上さんの「沖縄スパイ戦史」は、土地規制法がもたらす監視と密告の社会の末に、
私たちを待っている人間不信の未来の地獄絵図を過去の歴史の中から肌身に感じられる
ような精度でよみがえらせました。
沖縄県北谷町議会(亀谷長久議長)は18日の定例会で、「土地規制法」の廃止を求め
る意見書を賛成多数(賛成12反対6)で可決しました。意見書では、土地規制法は「基地
周辺で暮らす住民のみならず、その土地の利用者をも調査・監視できるような内容」と
批判し、「北谷町のみならず沖縄全土が注視対象区域とも言われ、個人情報が入手され
ることなども懸念され悪法とのそしりは免れない」と危機感を示しています。また、
「基地周辺住民、県民全ての私権、財産権すら脅かされ、負担感は増すばかりで本来守
られるべき国民は置き去りにされ本末転倒だ」として、土地規制法の廃止を求めていま
す。
土地規制法の成立に危惧を持ち、日本を戦争をする国にさせたくないとお考えの方々
は、ぜひとも、この『沖縄スパイ戦史』を読んでほしい、そしてともに土地規制法廃止
の闘いに立ち上がってほしいと思います。
まずは各地の自治体で廃止決議を上げましょう。政府による政令や閣議決定の行方を
厳しく監視し意見を述べていきましょう。各地の野党共闘は選挙後の重要施策に土地規
制法の廃止を盛り込むように取り組みましょう。