来年の9月には本格的に施行される土地規制法の底知れない危険性とこれを迎え撃つ市民にとっての課題についての考察 海渡 雄一(弁護士)
はじめに
3月26日に閣議決定され、国会に提出された「重要施設周辺及び国境離島等における土地等の利用状況の調査及び利用の規制等に関する法律案」(土地規制法)が、国会の最終日6月16日の未明に成立しました。これは、秘密保護法、共謀罪、デジタル監視法に勝るとも劣らない悪法であると思います。しかし、コロナ禍のもとで、大きな大衆運動を作ることが困難であったせいで、この危険性が多くの市民に共有されている状態であるとは言えません。私たちの力不足は率直に認めなければなりません。
私個人も、この国会の前半はデジタル監視法の反対に集中しており、土地規制法に取り組むようになれたのは4月からでした。
まず、最初に知ってほしいことは、この法律は、基地や原発の周辺の土地の外資による取得を禁止するものではなく、基地や原発から被害を受けている住民を敵視し、監視しようとする法律であるということです。そして、最終的には、あらゆる重要インフラ施設の周辺、すなわち全国に拡大できる法律なのです。私が、この法律は戦前の要塞地帯法の拡大再来であると主張した理由も、対象が軍事施設に限られないからです。
私たちが、この法律は自分には関係がないと、その今後の運用に無関心でいれば、一般市民も密告と監視の対象とされ、口を封じられることになるでしょう。
この法律の成立は、安倍・菅政権が進めてきた日本の国民全体を巻き込む戦争状況の全面展開へ確実に一段階を進めたものだと考えます。決して基地や原発に反対してきた人々だけの問題ではないのです。
土地規制法の成立に至る流れと法の概要
この法は、昨年12月10日に自民党「安全保障と土地法制に関する特命委員会」の提言をもとに、閣法として提出されました。議員立法ではありませんが、とても粗い法律です。併行して進められていた政府の「国土利用の実態把握等に関する有識者会議」では、外国資本による広大な土地の取得が発生し地域住民、国民の間に不安や懸念が広がっているとしていました。
法は安全保障上重要な施設や国境に関係する離島の機能を妨害する行為を防止することを目的とするとしています。そして、自衛隊やアメリカ軍基地、海上保安庁の施設、それに原子力発電所など重要インフラ施設のうち、政府が安全保障上重要だとする施設の周囲おおむね1キロ、また国境に関係する離島を「注視区域」に指定します。その区域内の土地や建物の所有者、借りている人さらにはその関係者までについて個人情報を収集し調査することとされています。日本人か外国人は問いません。内外人平等に対象とされます。必要に応じて報告を求め、応じない場合には、罰則が科される法構造です。特に重要とする施設周辺や離島は、「特別注視区域」に指定し、調査に加え一定面積以上の土地や建物の売買には、事前届出を義務づけます。妨害行為が明らかになれば、中止するよう勧告でき、これに従わない場合には、罰則を伴う命令を出すことができるとされています。かなり強権的な法律です。
法案審議と野党、市民運動の対応
5月19日BS日テレ「深層News」で立憲民主党の広田一議員は同党の修正案を説明し、罰則を課しても従わない場合に物件除去にかかる行政代執行をやるべきとまで主張しました。自民党の佐藤正久議員に「驚きました。我々はそこまで踏み込まなかった」と言われる始末でした。立憲民主党の修正案は、調査協力拒否や届出義務違反に対する罰則は削除するとしていたものの、中止命令に従わない場合に行政代執行という強制措置を設け、大都市市街地の「重要施設」周辺や農地・水源地までも調査・規制の対象に含めることを提案していました。むしろ、監視強化を主張していたのです。しかし、この修正案は市民運動から猛烈な抗議を受け、立ち消えになりました。
私は、この法案について「重要土地調査規制法案」反対緊急声明事務局の一員として反対活動に加わりました。この団体はNCFOJ(表現の自由と開かれた情報のためのNGO連合)有志の発案からスタートした8人ほどのチームで、4月30日の「緊急声明」公表と300を超える賛同団体の結集、5月11日の記者会見、5月25日の院内集会、6月8日の院内集会などを取り組み、各党の議員・秘書へのロビイングに取り組みました。その結果、衆議院段階では修正案と付帯決議を提案し、採決にも明確に「反対」しなかった立憲民主党が、参議院では明確に「反対」に軌道修正し、法成立に最後まで抵抗しました。「市民と野党の共闘」の一つのモデルとなったといえます。ただ、立憲民主党が賛成した参議院付帯決議には土地収用を含む強権的な措置の検討、水源地や農地等を規制対象に加える、米軍・自衛隊基地内にある民有地を注視区域に加えることを検討など、私たちから見れば、市民監視の強化につながることが強く懸念される内容が含まれていました。このことは注視しておかなければなりません。
この法には立法事実が認められない
政府は、自衛隊施設周辺の外国資本による取得が相次ぎ、自治体から意見書が上がっていることを法制化の理由としていましたが、意見書は1800自治体中わずか16件で、千歳市、対馬市からは出されていませんでした。また、昨年の予算委員会では、政府は外国人の土地取得によって基地機能が阻害されているような事実(立法事実)は、明らかになっていないと答弁していました(2020年2月25日衆院予算委員会第8分科会)。
法提出後の5月11日衆院本会議では、小此木内閣府担当大臣は、安全保障のリスクを回避することを理由に「答弁は適当でない」と答弁そのものを拒否しました。その後も、大臣の答弁は迷走し、「(立法事実を)探していかなければならないという意味も含めて何があるかわからないことについて調査をしっかりと進めていかなきゃならない」(5月26日)、「不安は雲をつかむようなもので、まずは調査しようという目的」(6月15日)などと変転し、立法事実の有無すらが秘密のベールに覆われた異常な状況で国会審議が終わり、法律は成立してしまいました。
要塞地帯法下の呉や函館では何が起きていたのか
この法律は、戦前の社会を物言えない社会に変えた軍機保護法、国防保安法とセットで基地周辺における写真撮影や写生まで、厳罰の対象とした要塞地帯法(明治32年7月15日法律第105号)を、拡大して再来させようとしたものだといえます。
呉市や函館市には、今も「要請地帯標」が残っています。戦前の要塞地帯法の下で、指定がなされると、市民生活上の写真撮影やスケッチまでが法違反として特高警察・憲兵の摘発の対象とされました。
この、要塞地帯法と比較すると、この法律は、事前に住民や関係者の調査が広汎に行われること、軍事施設だけでなく、原発・水源地などの生活インフラにまで監視対象を拡大している点で、より広範な規制となっているといわなければなりません。
すべての要件があいまいで政令か総理大臣の判断に委ねられている
この法律の第一の問題点は、法の規定する概念や定義が曖昧で政府の裁量でどのようにも解釈できるものになっていることです。まず、注視区域指定の要件である「重要施設」のうちの「生活関連施設」とは何をさすのかは政令で定め、「重要施設」の「機能を阻害する行為」とはどのような行為なのかについても政府が定める基本方針に委ねています。
重要施設には自衛隊と米軍、海上保安庁の施設だけでなく、政令で指定するものを含むとされ、原発などの発電所、情報通信施設、金融、航空、鉄道、ガス、医療、水道など、主要な重要インフラは何でも入りうるものとなっています。
また、調査の対象者についてどのような情報を調べるのかについても政令に委任されています。さらに調査において情報提供を求める対象者としての「その他関係者」とは誰か、勧告・命令の内容である「その他必要な措置をとるべき旨」とはどのような行為を指すのかについては、政令で定めるという規定すらなく総理大臣の判断に委ねられています。
このように刑罰の対象とされる行為の要件が法律に明示されていません。刑罰の構成要件の明確性を求めている憲法31条に違反するといわざるをえません。
法7条は、重要施設周辺の土地・建物居住者や仕事や活動で往来している者の個人情報を収集するとしています。 「施設機能」を阻害する行為をするおそれがあるかどうかを判断するためには、その者の住所氏名などだけでなく、職業や日頃の活動、職歴や活動歴、あるいは検挙歴や犯罪歴、交友関係、さらに思想・信条などの情報が必要となります。重要施設の周辺1キロに居住したり、その地域に出入りしているだけでこれらの個人情報を内閣総理大臣に収集され、監視されることになっています。法3条は、「個人情報の保護への十分な配慮」「必要最小限度」などと規定していますが、気休めだというしかありません。これらの規定が実効性のある歯止めとなる保証はどこにもないのです。土地規制法は思想良心の自由を保障した憲法19条、プライバシーの権利を保障した憲法13条に反するものです。
密告が奨励され、軍事目的の事実上の土地収用が可能に
法8条は「重要施設」周辺や国境離島の土地・建物の所有者や利用者の利用状況を調査するために、「利用者その他の関係者」に情報提供を義務付けています。「関係者」は従わなければ処罰されるので、隣人・知人や活動協力者の個人情報を提供せざるを得なくなります。まさに戦前の隣組のような密告を強要する規定となっているのです。
法11条によれば、勧告や命令に従うとその土地の利用に著しい支障が生じる場合、総理大臣が買取りを求めることができると定めています。命令に従わなければ処罰されることになります。これは重要施設周辺の土地の事実上の強制収用を認めるものであるといえます。
土地収用法は戦前の軍事体制の反省に立ち、平和主義の見地から、土地収用事業の対象に軍事目的を含めていません。軍事的な必要性から私権を制限する土地規制法は憲法前文と9条によって保障された平和主義に反するものです。さらに、権利制限を受ける市民は、本来それらの指定や勧告・命令に対して不服申立てができるようにすべきであるが、法にはそのような不服申し立て手段も定められていません。
基地や原発の監視行動も規制の対象とされる可能性がある
米軍機による騒音や超低空飛行、米兵による犯罪に日常的に苦しめられている沖縄や神奈川などの基地集中地域では、多くの市民が自分たちの命と生活を守るために基地の監視活動や抗議活動に長年取り組んできました。自衛隊のミサイル基地や米軍の訓練場が新たに作られ、また作られようとしている先島諸島や奄美、種子島も同じ状況です。
このように、基地や原発は自由民に被害をもたらす迷惑施設であるにもかかわらず、住民たちの自分たちの命と生活を守るためにやむにやまれぬ基地監視行動が規制と監視の対象にされる可能性があるのです。
政府は、国会でこのような監視行動は規制の対象としないと答弁しました。しかし、政府有識者会議の提言中には、基地監視活動を規制対象とすることを前提とした記載がありますし、法文上にも限定はなく、このような答弁が有効な歯止めとなるとは考えられないのです。
外資による土地の取得を規制する法となっていない
土地規制法の出発点は外国資本による基地周辺の土地取得の規制にあったはずです。ところが、法にはそのような規定はないことは前に述べたとおりです。なぜ、まず外資による基地周辺土地取得の規制をしないのか疑問が湧きます。政府の「国土利用の実態把握等に関する有識者会議」提言は、経済活動のグローバル化が進展する中、外国資本等による対内投資は、イノベーションを生み出す技術やノウハウをもたらし、地域の雇用機会創出にも寄与し歓迎すべきであり、土地の所有者の国籍のみをもって差別的な取扱いをすることは適切でないといいます。そして、そのような扱いは内国民待遇を規定した、サービス取引に関する国際ルールであるGATSのルールにも抵触すると説明しています。
しかしこの政府説明はあきらかにおかしいです。こんなことを言えば、法によって認められている放送局の株式の外資取得制限も内外無差別原則違反になるでしょう。基地周辺の土地の取得は国の主権にかかわる規制なのですから、外資の規制は、適切な法案を作れば法制的にも十分可能だったはずです。
政府の調査によれば、類似の制度として、米国では2020 年2 月に、「外国投資リスク審査現代化法(FIRRMA)」の審査対象に、軍事施設近傍の不動産の購入等が追加され、大統領に取引停止権限が付与されたといいます。オーストラリアでは、「国防法」に基づき指定されるエリア内において、建造物の撤去等が可能とされているほか、「外資による資産取得及び企業買収法」により、外国人が一定額以上の土地の権利を取得する場合には、事前許可制の対象とされています。米・豪はGATSの締結時に留保をしているのです。留保をしていないことは、土地の外資取得の規制を図る必要性がないと政府が考えていた証左ですし、規制が必要と考えるなら、GATSの再交渉をして、米豪に倣った留保をすればよいのです。
もし、百歩を譲って、仮に政府の説明するような立法事実が否定できないとしても、それに対する規制としてはまず基地周辺の土地の外資取得だけを制限すれば十分だったはずです。GATSの締結に当たって留保をつけなかった政府の責任こそが問われるところです。
法の定める周辺住民の包括的な個人情報の収集は、規制目的と釣り合わない明らかに過大な規制であり、目的と手段があまりにも均衡を失した、違憲立法であるといわざるを得ません。
施行まで政府側のスケジュール
内閣官房・重要土地調査法施行準備室によれば、来年6月22日までに施行したうえで、基本方針・政令・省令(内閣府令)は9月22日までに決定(全面施行)するとされています。「土地等利用状況審議会」も6月22日までの施行後に設置するとされています。政令・省令はパブコメにかけるが基本方針はパブコメにかけないと説明されています。
広範な市民にこの法律の危険性を知らせる
法の危険性と今後の施行の流れを説明してきましたが、最後に市民にとっての課題をまとめておきましょう。まず、何よりも急がれることは、基地や原発の周辺自治体を中心に、タウンミーティングや学習会、講演会などを開催し、地元の実情を踏まえながら法の問題点を知らせていくことです。法律が成立したことすら、多くの国民は知らないのです。1km圏内の図を示すなどリーフレットやネットでの広報を工夫して、広い市民に今後の規制の内容を知ってもらう必要があります。運動の幅を広げるためには、不動産取引への影響など、経済的な不利益の観点からも市民にも法の内容を広める必要もあるでしょう。ネットだけでなく新聞やテレビで問題を広く知らせるなどの取り組みが求められているといえます。
自治体レベルでの廃止・抵抗の動きを強める
次に、自治体議員に働きかけ、9月議会で法の廃止などを求める意見書・決議を採択してもらうことは有効な取り組みです。沖縄県の北谷市、名護市、北城町、旭川市などの先例があます。
沖縄県北谷町議会(亀谷長久議長)は定例会で、「土地規制法」の廃止を求める意見書を賛成多数(賛成12反対6)で可決しています。意見書では、土地規制法は「基地周辺で暮らす住民のみならず、その土地の利用者をも調査・監視できるような内容」と批判し、「北谷町のみならず沖縄全土が注視対象区域とも言われ、個人情報が入手されることなども懸念され悪法とのそしりは免れない」と危機感を示しています。また、「基地周辺住民、県民全ての私権、財産権すら脅かされ、負担感は増すばかりで本来守られるべき国民は置き去りにされ本末転倒だ」としています。
また、名護市の決議では、「本法第22条による内閣総理大臣からの情報提供要請に対し拒否すること」「外部機関への市民の個人情報を提供する際はその個人及び法人に対し、提供した相手並びにその情報及び目的を通知すること」などが決議されています。これらを参考にして全国で取り組みを強めてほしいと思います。
衆院選挙の争点とすることを目指す
2021秋の総選挙に向け、野党・予定候補者の公約・政策に「土地規制法の廃止」を盛り込んでもらう取り組みが求められています。共産党と社民党の反対姿勢は明確であるが、特に立憲民主党の主要政策に入れてもらうための取り組みが求められています。
9月8日に立憲民主党・共産党・社会民主党・れいわ新撰組と市民連合の間で締結された合意では、冒頭に次のように記されています。
「市民連合は、野党各党に次の諸政策を共有して戦い、下記の政策を実行する政権の実現をめざすことを求める。
1 憲法に基づく政治の回復
・安保法制、特定秘密保護法、共謀罪法などの法律の違憲部分を廃止し、コロナ禍に乗じた憲法改悪に反対する。
・平和憲法の精神に基づき、総合的な安全保障の手段を追求し、アジアにおける平和の創出のためにあらゆる外交努力を行う。
・核兵務禁止条約の批准をめざし、まずは締約国会議へのオブザーバー参加に向け努力する。
・地元合意もなく、環境を破壊する沖縄辺野古での新基地建設を中止する。」
とされています。今国会で成立したデジタル監視法や土地規制法も違憲立法であり、秘密保護法・共謀罪「など」には、当然、デジタル監視法や土地規制法も含まれると解釈できます。これらの法律の違憲部分を廃止することが4党間で合意されたことは大きな進展であるといえます。
また、法成立に賛成した国民民主党を含む立憲野党全体の共通政策に土地規制法のことを盛り込むことには困難が予測されますが、情報収集機関に対する監督の強化など、可能な合意点を見つけ出すために努力し、これを盛り込ませる必要があります。
軍備拡張に反対し、意図的な「有事」をつくらせない
「台湾有事」などを口実とした南西諸島を中心とする軍備増強・自衛隊基地建設・陸上自衛隊の大演習・米軍の地上配備型長距離ミサイルの配備などに反対し、「南西諸島の自衛隊基地建設への反対」を野党の共通政策に押しあげていくことが必要です。土地規制法のもとでも、基地監視を従来よりもさらに強化し、恣意的に「有事」が作られ、戦争に突き進むような状況を未然に食い止める取り組みが求められているといえます。