重要土地調査規制法案(国防関連等重要施設周辺住民監視・規制法案)
2021年5月8日
弁護士 仲松正人
1 こんなことが起こりうる
現在、国会に上程されたある法律案が成立すると、次のような事例が生じることも不思議ではない。
【事例1】
ユリコさんの友人ノブコさんは普天間基地の近くの4階建てのアパートに住んでいる。ユリコさんは普天間基地周辺の保育園に米軍のヘリコプターの部品が落下した事件や、その直後に発生した普天間基地近隣の小学校に米軍ヘリコプターの窓枠が落下して一人の小学生が怪我をしたという報道を見て、ノブコさんのためにも、将来自分が子どもをもったときのためにも、子どもをそのような危険な目にあわせることはできないと思った。また、米軍は、普天間飛行場では学校などの上空では飛行しないと言っているのに、実際にはあの事故の後も学校の上空を飛んでいるという報道も目にした。そこで、実際はどうなのかと興味を持ち、自分自身で普天間飛行場の騒音を体験するとともに米軍航空機の実際の飛行ルートを調べてみたいと思い、時間の許す限りノブコさんのアパートに行って、普天間飛行場から飛び立つ飛行機やヘリコプターの動きを観察し、その日時や飛行場所を記録し、実態を新聞社に送って報道してもらった。そして、その後も引き続きそのような調査を継続した。すると、ノブコさんのところに国の役人が来て、「ユリコという人があなたのアパートで頻繁に来ていますよね。今後はユリコさんにはあなた
の部屋で飛行機の観察はしないようにさせてください。それができなければあなたは普天間飛行場から1㎞以上離れた場所に転居しなさい」と言われ、従わないと処罰されるかもしれませんと警告された。役人は、引っ越すのなら移転費用を国が出してあげるとも言った。
【事例2】
ヒロシくんはある地方の農家で生れた。勉強の甲斐あって都市部にある大学に合格し、親元を離れてその大学の学生寮(5階建て)に入寮した。寮の近所には地方銀行の本店や放送局がある。入学後、福島第一原子力発電所の汚染水を海に放出することを政府が
決定したという報道を見て、原子力発電所にはじめて興味を持った。そこで、友人たちと原子力発電所について勉強会を重ねた。メンバーには原発を推進すべきだという意見を持つ者も、原発は廃止すべきだという意見を持つ者もおり、それぞれ互いの意見を尊
重して自由に議論し合っていた。ヒロシくん自身は、どちらかというと、石油エネルギーは止めるべきだけど循環可能エネルギーだけでは需要を満たさないのではないかと考え、原発には賛成の考えとなった。そうしたとき、原発周辺住民が事故時に確実に安全に非難できる計画ができていないという理由で、原発の稼働を差し止めるという判決が出たことを知った。ヒロシくんは、だったら僕が確実に安全な避難方法を計画しようと思い、原発が立地する村の職員採用試験を受験した。自分としては試験問題にはほぼ全問正解したと思って採用されると思っていたが、不採用になった。その理由は教えてもらえなかった。
2 国防関連等重要施設周辺住民監視・規制法案
政府は、本年3月26日、「重要施設周辺及び国境離島等における土地等の利用状況の調査及び利用の規制等に関する法律案」を閣議決定し、国会に提出した。この法案の略称は、内閣官房は「重要土地調査法案」としている。琉球新報や沖縄タイムスの報道では「土地規制法案」とし、4月2日付け『新聞赤旗』では「土地調査規制法案」としている。ただ、最近は「重要土地調査規制法案」という略称が定着しつつあるように思える。私は基地周辺が中心と思われるので、最初は「基地周辺土地調査・規制法案」とするのが良いのではないかと思ったが、国民の人権侵害は基地周辺だけに
止まらないので「基地等重要施設周辺土地等調査・規制法案」が良いかなとも思った。その後、自由法曹団沖縄支部長の新垣勉弁護士の指摘もあり、国境離島の問題も検討した結果、この法案は、国防を口実に基地や国境離島を保全するため基地周辺住民や国境離島居住者を監視すること、それに合わせて、生活関連施設の周辺住民も監視することを目的としていることから、国防関連等重要施設周辺住民監視・規制法案とするのがいいのではないかと考えている。なお、周辺住民以外にその関係者も対象となるが、関係者まで略称に含めるといかにも長すぎるので、それは止めた。
なお、この法案の内容や危険性については、半田滋さんが「日本人が知らない…菅政権が「国民を監視できる国づくり」を静かに始めていた!」との題で告発しているので、それもぜひ参照してもらいたい(https://gendai.ismedia.jp/articles/-/81860)。以下では
私も「半田告発」として引用もする。
3 この報告の位置づけ
この法案は、成立すれば、内閣総理大臣が、基地やその他の「重要施設」の周辺概ね1㎞の範囲内の土地や建物(以下「土地等」)の所有者や利用者、あるいは国境離島の住民の個人情報を収集し、その人たちの土地等の利用や取引に規制を加え、従わなければ処罰するという、国民生活への重大な侵害が引き起こされる。それは、沖縄をはじめとする反基地運動や反原発運動にも重大な萎縮効果をもたらし、あるいは弾圧の口実にもなる。法案は、安倍内閣以来続く「戦争ができる国づくり」の一貫にも位置づけられる。
この法案の危険性については、最近ようやく知られるようになり、各種市民運動体が反対の声を上げ始めている。是非とも反対の動きをさらに強くしていきたい。
以下は、現時点で私の力の及ぶ限りで検討し、あるいは新垣勉弁護士の示唆によって検討した問題点を、ランダムに、報告するものである。もちろん、種々の立場の多くの人がさらに検討を深めていって欲しいと思う。
4 内閣総理大臣の圧倒的権力
法案は、次に述べるように、基地その他の重要施設の周辺土地や建物の利用者等の調査や、利用や取引き等の規制というこの法案の中心となる部分すべてを内閣総理大臣が集中して行うというものである。しかも、内閣総理大臣のそのような権限行使を監視・監督し、あるいは是正させる機関や仕組みは、国会への報告やそれに基づく検証すら含め、何も用意されていない。この法律は、このように、内閣総理大臣に圧倒的に強大な権限と権力を与えるものである。
そしてそれは、後に述べる定義や概念等の不明確さを考えれば、その権限と権力は恣意的解釈を伴って拡大していく危険がある。
国家秘密法では特定秘密の指定は関係行政機関が行う。共謀罪法では、一次的に共謀罪と認定するのは警察である。ドローン規制法では、飛行禁止区域の指定は関係省庁が行う。ところがこの法律は、内閣総理大臣が全てのことを行う。内閣は、憲法の規定で
は、国会の監督を受ける立場にあるが、特に安倍内閣や菅内閣のように、国会での質疑をはぐらかし、あるいは「桜を見る会」で100を超える虚偽答弁を行い、それが明らかになったのに真摯に反省しないとか、学術会議の任命拒否についてもその理由を明らかにしようとしないなど、国会や国政調査権を無視する内閣が続いている。こうした実態を見ると、行政権のトップにいる内閣総理大臣が重要施設周辺の住民や国境離島の住民の個人情報を収集し、行動に制限を加えることができるという絶大な権力を持つことは、内閣総理大臣が専制君主になってしまうのではないかという「空恐ろしさ」を感じるのは私だけであろうか。
5 この法律で何をすることになるのか
⑴ 基本方針の策定
内閣総理大臣は、まず、「重要施設の施設機能及び国境離島等の離島機能を阻害する土地等の利用の防止に関する」基本方針案を作り、これを閣議にかけ、決定すれば政府方針となる。基本方針では、後に述べる各種「機能」を阻害する利用防止の基本的方向、注視区域や特別注視区域指定に関する基本事項、調査に関する基本事項、土地等の利用者に対する勧告や命令に関する基本事項などを定める(第4条)。
⑵ 注視区域の指定
内閣総理大臣は、「重要施設」の「敷地の周囲おおむね1000mの区域内及び国境離島等の区域内で、その区域内にある土地等(土地及び建物)が当該重要施設の施設機能又は当該国境離島等の離島機能を阻害する行為に供されることを特に防止する必要があるもの」を、土地等利用状況審議会(以下「審議会」)の意見を聴いたうえで、「注視区域」として指定する。(以上第5条)
ここで「重要施設」とは、①自衛隊施設並びに在日米軍施設及び区域、②海上保安庁の施設、③生活関連施設(後述)である。
⑶ 情報の収集
内閣総理大臣は、注視区域内にある土地等の利用状況について調査をすることができる(これを「土地等利用状況調査」と呼んでいる。第6条)。
そして、内閣総理大臣は、土地等利用状況調査のため必要があるときは、関係行政機関の長や関係地方公共団体の長などの執行機関に対して、土地等の利用者その他の関係者に関する情報のうちその者の氏名又は名称、住所その他政令で定めるものの提供を求めることができる(第7条1項)。
この提供を求められた機関は、提供に応じなければならない(第7条2項)から、この「求め」は命令と同じである。
⑷ 利用者等からの報告の徴収
内閣総理大臣は、第7条によって情報を収集した結果、土地利用状況調査のために必要あると認めれば、注視区域内の土地利用者その他の関係者に対して、その土地の 利用に関する報告をさせ、あるいは資料の提出を求めることができる(第8条)。
土地利用者などが、この「求め」に応じなかったり、虚偽の報告をしたり虚偽の資料提出をすれば、30万円以下の罰金に処せられる(第27条)。したがって、この「求め」も命令と同じである。
⑸ 土地利用者等への勧告・命令
内閣総理大臣は、以上の情報収集及び報告や資料の提出を受け、注視区域内の土地等の利用者等の土地利用が、重要施設や離島の機能を阻害するものであったり、阻害する明らかなおそれがあると認定すれば、審議会の意見を聴いた上で、その土地利用者に対し、そのような利用を禁止するとかその他の必要な措置をとるようにせよと勧告する。そして、その勧告を受けた者が正当な理由なくその勧告に従わないときは、従うようにと命令することができる。(第9条)
そして、この命令に違反すると2年以下の懲役若しくは200万円以下の罰金に処せられる。懲役と罰金はどちらか一つのこともあるが、二つ同時に科されることもある。(第25条)
処罰を避けるためには従わざるを得ないのである。
⑹ 損失補償、買入れ
第9条の勧告や命令を受けた者が、その勧告や命令に従うことで損失を受ける場合には、内閣総理大臣は損失の補償をする。損失補償は土地収用法の裁決による。(第10条)
また、勧告や命令に従うとその土地の利用に著しい支障が生じる場合に、その勧告や命令を受けた者が内閣総理大臣に対してその土地等を買い入れるようにとの申出があれば、内閣総理大臣あるいはその他の行政機関が時価で買い取る(第11条)。重要施設の周辺土地を国等の所有にして固めていこうというのである。
⑺ 特別注視区域の指定
内閣総理大臣は、注視区域内の重要施設が特定重要施設(その機能が特に重要な施設又はその施設機能を阻害するのが容易であってその阻害された機能を他の重要施設が代替できないもの)である場合や、特定国境離島であるもの(特に重要な国境離島であるか、その機能を阻害するのが容易であってその阻害された機能を他の国境離島等が代替できないもの)の場合は、関係行政機関の長と協議の上、審議会の意見を聴いた上で、その注視区域を特別注視区域として指定できる(12条)。
⑻ 特別注視区域と指定されると
注視区域内の土地利用者等は、前述のように、内閣総理大臣が求めた場合に報告等をする義務が生じるが、特定注視区域となると利用者等の方から届け出る義務が生じる。
すなわち、特別注視区域内の土地等で面積が200㎡以上の場合(具体的な面積は法律成立後政令で決める)は、売買などで土地や建物の所有権を移転したり、建物を新築したりする前に、当事者の住所・氏名、対象土地等の所在場所と面積、その取引きの目的となる権利の内容(例えば所有権の移転など)、取引き後の利用目的、その他政令で定める事項を、報告しなければならないのである(第13条)。
この届出をしない場合、あるいは虚偽の届出をした場合には、6月以下の懲役又は100万円以下の罰金に処せられる(第26条)。
注視区域内の土地等の場合は、内閣総理大臣が調べようと考えてから調べるのだが、特別注視区域内の土地等の場合は、利用者等のほうから「調べてくれ」と申し出させるのである。もちろん、その調査により、先に述べた勧告や命令につながっていく。
なお、土地等の面積は法案では200㎡以上となっているところ、建物の場合は敷地面積ではなく床面積であるので、複数階を有するビルなどでは簡単に床面積が200㎡を超えてしまい、規制対象となる(【事例1】【事例2】)。
6 法律としての問題点
⑴ まず内容の曖昧さが指摘できる
この法律案では、定義規定も設けられているが、法案内で使われている言葉や概念が一義的ではなく、曖昧である。
前述のように、この法律は、国民に刑罰を科して内閣総理大臣の意思を貫徹しようとしているが、刑罰法規である以上、内容の明確さはどうしても必要である。この法案は、成文法として、重大な問題を抱えているといわざるを得ない。
以下に順に列挙する。
ⅰ 基本方針策定時の「基本的事項」の内容
政府は(その首班は内閣総理大臣である)、重要施設の施設機能及び国境離島等の離島機能を阻害する土地等の利用の防止に関する基本的な方針を定めなければ ならない(第4条)ところ、基本方針で定める事項の中に「注視区域及び特別注視区域の指定に関する基本的な事項(当該指定に関し経済的社会的観点から留意すべき事項を含む。)」がある(同条第2項第2号)。この「当該指定に関し経済的社会的観点から留意すべき事項を含む。」ということの内容は不明確である。この文言は、法案策定の過程で、防衛省本省がある新宿区の特別注視区域指定に関し、公明党が創価学会本部も新宿区にあるため難色を示したことから挿入され、これによって公明党の了承も得られて閣議決定に至ったという経緯があると報道されている。すなわち、概念の内容が不明確であるということだけでなく、ときの政権与党の思惑よって、いかようにも変えることができるということを表している。
ⅱ 生活関連施設
第2条第2項第3号は生活関連施設を定義するが、その内容は「国民生活に関連を有する施設であって、その機能を阻害する行為が行われた場合に国民の生命、身体又は財産に重大な被害が生ずるおそれがあると認められるもので政令で定めるもの」としている。
内閣は、「安全保障等の観点から、土地所有の状況把握を行い、土地利用・管理等の在り方について検討を行うため」、国土利用の実態把握等に関する有識者会議を設けたが、その有識者会議の「国土利用の実態把握等のための新たな法制度の在り方について 提言」(2020年12月24日、以下「有識者提言」)では、これを「重要インフラ施設」とし、重要インフラ施設としては、「武力攻撃事態等における国民の保護のための措置に関する法律(国民保護法)」に規定される「生活関連等施設」が参考となる。」として、「有識者会議において、安全保障上の懸念が示された対象としては、電力の安定的供給と核物質の適切な防護を担う原子力発電所、データ通信のインフラとなる国際海底ケーブルの陸揚局、軍民両用機能を有し得る空港等が挙げられるが、実際にどのような重要インフラ施設を対象とするかについては、政府において、国民の不安や懸念の実情を踏まえた上で、過度に広範にならないよう留意しつつ、個別法令による行為規制の存否や運用状況等も考慮しながら、更に検討を続けていくことが期待される。」としている。
国民の権利制限につながるものである以上、単に「政令で定める」として内閣府にフリーハンドを与えるのではなく、少なくとも有識者会意において例示されたような施設などを法案でも例示するとか、指定の基準を明確にすべきである。仮に、国民保護法による生活関連施設とするとしても、それは発電所・変電所、ガス発生設備等、取水・貯水・浄水施設、一定規模以上の鉄道駅、電気通信事業者の交換設備、放送局、港湾、空港、ダム、危険物取扱所という広範なものが対象となる。
半田告発では、「外国の例をみると、英国とフランスには安全保障上の土地規制そのものがない。土地規制のある米国、豪州、韓国は対象範囲がほぼ軍事施設周辺に限定され、重要インフラ周辺は規制の対象としていない。他国と比べても、法案は規制対象が広いことがわかる。何が重要インフラかは「政令で定める」としている
が、政府の内閣サイバーセキュリティセンターは、情報通信、金融、航空、空港、鉄道、電力、ガス、政府・行政サービス(地方公共団体を含む)、医療、水道、物流、化学、クレジット、石油の14分野を重要インフラに特定している。放送局や金融機関、鉄道、官公庁、総合病院などは人口の多い都市部ほど充実しており、東京、横浜、大阪、名古屋、札幌、福岡といった大都市の重要インフラの周囲1キロメートルが「注視区域」に指定される可能性がある。」としている。このように広範な施設とはならないという保障は法案のどこにもない。さらには、警察組織である海上保安庁を念頭に置けば、警察署も加えられる可能性もある。
むしろ法案第2条第2項3号でわざわざ「生活関連施設」としていることからすれば、有識者提言のような限定がされるのではなく、有識者提言にある国民保護法の広範な施設や、半田告発のような内容となることが想定される。そして、国民保護法や半田告発の方向で指定されれば、基地周辺住民だけでなく、日本中のあらゆる場所に存在する生活関連の重要施設周辺の住民が監視と規制の対
象となるのである(【事例2】では、学生寮は基地や原発周辺の場所にあるわけではないが、放送局や銀行本店の近くにあり、かつ学生寮は延べ床面積が200㎡を超えていたため、入寮者は調査対象となり、放送局の業務とは関係のない個人の情報まで収集され、それがヒロシくんが志望した村役場に「この人は反原発活動を行う
おそれがある」と通知され、採用に至らなかった。)。私がこの法律の略称を「基地周辺」だけとするより「重要施設」を加えたほうがいいと考えた理由はここにある。そして、後で述べる国境離についての考察を踏まえれば、「国防」という言葉は欠かせないものであり、結局、「国防関連等重要施設周辺住民監視・規制法案」とした。なお、「国防関連重要施設等」とはしないで、「国防関連等重要施設」としたのは、「生活関連施設」は必ずしも全てが国防に関係するものではないからである。
なお、法技術的には、対象重要施設を限定的に規定することは十分可能である。例えば、ドローン規制法(改悪法)は、正式名称を「重要施設の周辺地域の上空における小型無人機等の飛行の禁止に関する法律」とするが、その「重要施設」について定義規定を設け、国会議事堂とか皇居とか外国公館とか原子力発電所などなど
具体的に上げている。この法律は、もともとはこれら「重要施設」に対するテロの危険を防止するという目的で制定され、法律の名称もそれがわかるものになっていたが、その後防衛施設(自衛隊施設や在日米軍施設)を対象とすることとした改悪時に「重要施設云々」という名称に変えたという経過がある。このように「重要施
設」という言葉を使うことで法律の真の狙いを覆い隠す効果があるが、それにしても、ドローン規制法は「重要施設」とは何かについて法で規定しているのであり、本法案のように政令に委ねるようなことはしていない。
ⅲ 施設機能、それを阻害する行為
第2条第4項は、「施設機能」を定義するが、そこで使われている「基盤としての機能」が何であるのかは明示されていない。施設機能は、注視区域や特別注視区域指定の際の要件であるから、それが明確でなければならないはずである。
また、注視区域指定は重要施設の施設機能や国境離島等の離島機能を「阻害する行為の用に供されることを特に防止する必要がある」ものが指定対象となるが、「阻害する行為」とはどのようなことか、不明である。有識者提言では、建物について「例えば、盗聴、電波妨害(ジャミング)等の拠点としての利用が考えられる」としているが、法案ではそのようなことをうかがわせる文言はない。
ⅳ 離島機能、それを阻害する行為
これについては、別稿「国境離島について」で検討した。
ⅴ 情報収集の基準
第7条は、内閣総理大臣が情報収集するについて、関係行政機関の長や関係地方公共団体の長その他の執行機関に対して、対象者の情報を提供するよう求めることができるとする規定であるが、そこでは「調査のため必要あるとき」とされている。この「調査のため必要あるとき」の内容は不明確であり、内閣総理大臣にフリーハ
ンドを与えている。
また、同じく第7条は、提供を求めることができる利用者等対象者の情報は、氏名や住所以外に「その他政令で定めるもの」とする。しかし、その内容は法律では限定されていない。国民の権利制限につながる収集対象情報の中身を、まるまる政令に委ねて良いのであろうか。また、仮に政令に委ねるとしても、「その他」の基準
を法律で定めるべきである。少なくとも、それによって、国会審議を通じ、国民の声が届くことになる。
そもそもその情報収集は、土地等の利用について、それが「阻害する行為の用に供」するとか「阻害する行為に供する明らかなおそれ」があるかどうかを判断するために行われるものである。そうだとすると、その者の住所氏名や国籍だけが分かっても、それは判断できない。判断するためには、その者の住所氏名などだけでなく、その者の職業や日頃の活動、職歴や活動歴、あるいは検挙歴や犯罪歴、交友関係、そしてその者の思想・信条などの情報が必要となるのは当然のことである。すなわち、重要施設の周辺や国境離島の区域内にいる者はことごとくこれらの個人情報を内閣総理大臣が収集し、監視していくことになるのである(【事例1】【事例2】)。
なお、法案第3条は、「内閣総理大臣は、この法律の規定による措置を実施するに当たっては、個人情報の保護に十分配慮しつつ、注視区域内にある土地等が重要施設の施設機能又は国境離島等の離島機能を阻害する行為の用に供されることを防止するために必要な最小限度のものとなるようにしなければならない。」と規定する。
このような規定は、市民運動の弾圧に使われる警察官職務執行法第1条第2項(「この法律に規定する手段は、前項の目的(注:警察官が警察法に規定する個人の生命、身体及び財産の保護、犯罪の予防、公安の維持並びに他の法令の執行等の職権職務を忠実に遂行するために、必要な手段を定める)のため必要な最小の限度において
用いるべきものであって、いやしくもその濫用にわたるようなことがあってはならない。」)や、軽犯罪法第4条(「この法律の適用にあたっては、国民の権利を不当に侵害しないように留意し、その本来の目的を逸脱して他の目的のためにこれを濫用するようなことがあってはならない。」)、あるいは屋外広告物法第29条(「この法律及びこの法律の規定に基づく条例の適用に当たっては、国民の政治活動の自由その他国民の基本的人権を不当に侵害しないように留意しなければならない。」)にもある。すなわち、この法案は、国民の権利侵害を行う法律であること、弾圧の口実となりうることを、自白しているのである。
ⅵ 「その他の関係者」
第8条は、調査の結果、内閣総理大臣が土地等の利用者その他の関係者に対し、その土地等の利用に関し報告又は資料の提供を求めることができるとする。それに 違反すると罰則があるのは前述のとおりである。
ところで、「土地等の利用者」については第4条第2項第4号で「所有者又は所有権以外の権原に基づき使用若しくは収益をする者をいう。」と定義されている。しかし、「その他の関係者」の定義規定は法案のどこにもない。これは極めて危険で問題のある規定である。
例えば、その土地や建物から基地を監視したり、基地反対運動をする者(これらは有識者提言の例示には当てはまらない)は、所有権その他の権原がない者もいるが(むしろそれが殆どであろう)、彼らは「その他の関係者」となりうる。法案は、提供を求めうる情報は政令で定めるとしているが、「その他の関係者」を政令で定め
るとはしていない。すなわち、情報収集の対象となる「その他の者」については何らの限定もなく、内閣総理大臣の判断でいくらでも拡大されていくのである。(【事例1】)
ⅶ 「その他必要な措置」
注視区域内の土地等の利用者に、その土地等を重要施設等の施設機能などを阻害する行為に供しないこと「その他必要な措置をとるべき旨」を勧告し、命令できる(第9条)。前述のように、これに違反すれば2年以下の懲役、200万円以下の罰金である。
したがって、「その他必要な措置」は刑罰権発動の構成要件となるが、どのようなものがそれに該たるのかの例示も基準もない。有識者提言にもその例示はない。結局、その措置の内容の決定も、審議会の意見を聴くとはあるものの、内閣総理大臣にフリーハンドに与えられている。
ⅷ 特に重要なもの
第12条は特別注視区域指定の条文であるが、その指定の基準となる「特定重要施設」は「重要施設のうち、その施設機能が特に重要なもの」ということがひとつの指標となっている。
しかし、何が「特に重要」かの基準はない。有識者提言では、司令部機能を有する防衛施設など安全保障の観点から特に重要10
性が高いものとの例示があるが、法案では、その例示も基準もない。
⑵ 防衛施設の指定
第2条第2項第1号で、重要施設のうちの防衛施設を定義しているが、その内容は自衛隊の全施設と、米軍の場合は提供されている施設及び区域の全部としている。
ドローン規制法改悪で防衛施設が対象施設となったが、それでも自衛隊施設の全施設や在日米軍施設及び区域の全部を対象とはしていない。ドローン規制法改悪の際の法案審議では指定の基準が不明確だと追及され、防衛省は「全部の施設は指定しない、重要施設を選定する」旨答弁した。そして現在指定されている自衛隊施設は司令部機能のある施設と飛行場関係施設となっている。しかし、この法案では、そうした限定はない。全施設周辺を注視区域に指定し、ドローン規制法で指定している施設周辺を特別注視区域に指定する、ということが考えられる。また、ドローン規制法での米軍
基地指定は、現時点では15施設だけの指定であるが(沖縄では5施設)、自衛隊施設と同様に、全施設を注視区域に指定し、重要施設を特別注視区域に指定するということが考えられる。国民の権利制限や、個人情報の収集の網が大きく広げられる。
また、ドローン規制法改悪の際の国会審議の中で、防衛省は、自衛隊は水域は指定対象とならないが米軍施設は提供水域も対象となると答弁し、現に2020年9月の米軍施設の指定では、キャンプ・シュワブやキャンピ・ハンセンも含めて提供水域を含めた指定となった。ここに米軍言いなりの国の姿勢が現れているし、米軍施設については注視区域や特別注視区域が自衛隊施設のそれよりも拡大する危険がある。
⑶ 地域や市民の分断
法案第8条は「重要施設」周辺や国境離島の土地・建物の所有者や利用者の利用状況を調査するために「利用者その他の関係者」に情報提供を義務付けている。
その「利用者その他の関係者」は情報提供要請に従わなければ処罰されるので、基地や原発の監視活動や抗議活動をする隣人・知人や活動協力者の個人情報を提供せざるを得なくなる。すなわち、密告である。
これは地域や市民活動を分断するものであり、市民活動の自己規制にも繋がる。
⑷ 審議会
法案は、土地利用状況審議会を設置するとして、審議会のために第14条から第20条までを充てている。
審議会は、生活関連施設の指定、注視区域の指定、注視区域内の土地等の利用者に対する勧告、特別注視区域の指定などについて、内閣総理大臣に意見をいうことができる。しかし、内閣総理大臣は、審議会の意見を聴く必要があるが、その意見には拘束されない。これは、第7条2項が内閣総理大臣から情報提供を求められた関係行政機関の長その他の執行機関は情報提供を拒否できないという規定と比較すれば明白であり、審議会はあっても「形だけ」ということができる。
また、沖縄の辺野古新基地建設における防衛省の技術検討会は、常に防衛省の方針11の追認をするだけの存在であると批判されている。本法案の審議会も同じ轍を踏むことは十分予想される。
⑸ 中央集権国家化
法案では、注視区域や特別注視区域の指定は内閣総理大臣が指定するが、その指定の際には、関係行政機関の長と協議をし、審議会の意見を聞くことにはなっているが。
注視区域や特別注視区域の指定によって当該区域を有する地方自治体は、その地方自治体独自の都市計画その他の施策に影響を受ける。しかし、内閣総理大臣は意見は聴くが拘束はされない。
さらに、第7条1項により、内閣総理大臣は、調査対象者に関わる情報の提供を関係地方公共団体に求めることができるが、同条2項でそれを求められた関係地方公共団体はその情報提供に応じなければならないとされており、情報提供は「求め」ではなく「命令」である。当該関係行政機関や関係地方公共団体には、その保有する個人情報を当初の個人情報収集の目的外に提供していいかどうかを判断することができない。
このように、この法案は、国と地方自治体とが対等であるという憲法の地方自治の原則をも破壊し、内閣総理大臣を頂点とする中央集権国家を指向している。
⑹ 個人情報保護法制の崩壊
個人情報を保有する関係行政機関や関係地方公共団体は、内閣総理大臣からの個人情報の提供要求を拒めないが、そもそも、関係行政機関や関係地方公共団体は、個人情報を保有するに際しては、当該個人にその個人情報の収集についての同意と目的外使用については当該個人の同意を得るとの確約をしている。ところが、この法案では、内閣総理大臣が個人情報を収集するについて、当該関係行政機関や関係地方公共団体がその保有する個人情報を目的外提供していいかどうかを判断することができないだけでなく、当該個人の同意は必要とされていないし、当該個人からの不服申立て等の手段も用意されていない。
すなわち、当該個人が知らないままに、内閣総理大臣が勝手にあらゆる個人情報を収集できるのである。また、内閣総理大臣が個人情報を収集するについて、その適否を判断する機関も用意されていない。
さらに、現在、個人情報は、民間事業者、行政機関、独立行政法人の3つ別々に分散化され、できるだけ集約されないようにするという保護の制度がある。現在国会で審議されているデシタル庁は、これを一元化し、国家が個人情報を管理することになるという危険を持つが、本法案はそれに加えて、施設機能・離島機能を「阻害する」おそれの有無を判断するために、当該個人のあらゆる情報を収集して管理し、利用するというものであり、個人情報保護法制を崩壊させるものである。
⑺ 区域指定についての不服申立ての手段がない
注視区域や特別注視区域に指定されると、その区域内の土地等の利用者「その他関係者」には、以上のような多大な不利益が発生する。刑罰の対象となることもある。そうだとすれば、権利制限を受ける国民の側から、それらの指定や勧告・命令に対して不服申立てができるようにすべきであるが、法案にはその方法は定められていない。
なお、小型無人機飛行禁止法(ドローン規制法)では、飛行禁止や制限区域指定の基準も、禁止や制限区域での飛行申請に対する同意の基準も明らかではなく、区域指定や飛行申請への不同意に対する不服申立て方法は規定されず、国会審議でもその方法はないと明言されている。本法案と共通している。
7 情報収集の問題
この法律が成立すると、内閣総理大臣は、多数の個人情報を収集し、蓄積し、分析することとなる。
有識者提言では、情報収集の手法として、現況・現地調査や公簿等の収集、利用者等からの報告の徴収をあげ、立ち入り調査には現時点では消極的な意見としている。ただし、将来的にはそれも検討すべきともしている。しかし、先に述べたように、この調査の目的からすれば、そして、内閣総理大臣は関係行政機関の長に情報を求めることができることからすれば、実際の調査は、聞き込み、張り込みはもちろん、警備公安警察が有している個人情報も入手することになろう。
そして、その収集や分析には相当な人手が必要であり、内閣調査室の拡充や機能強化が必要となってくる。半田告発では「日本版CIA」が作られると述べている。
8 この法案の位置づけ
「土地等」は土地及び建物である。
有識者提言では「防衛関係施設等の機能を阻害する活動については、高所からの監視・偵察行為に適した高層ビルの一室など、建物がその拠点となるケースも想定される。制度的枠組みの対象としては、土地に加え、建物も含めることが必要である。」とし、法案
はこれに応えて土地だけでなく建物も規制対象とした。
そして、利用者は、所有者だけでなく賃貸借等の使用権利者も含まれる。すなわち、重要施設周辺に土地を有する者だけでなく、そこに存在する建物に居住する者も監視対象となるのである。情報提供を強要される「その他の関係者」も、情報提供を求める対象とするためには当然情報収集の対象となる。そして、周辺のビルに住む住民らを上記のようにスパイ視し、「基地の中は見るな」というのである。
この法案は、長崎県や北海道において自衛隊施設の周辺土地を外国資本が購入していることをきっかけに安全保障の懸念が生じたとして、立法化がいわれるようになったとされる。すなわち、基地周辺の土地や建物を、自衛隊や在日米軍の存在や活動を妨害しないように、国の方針に従うように固め、施設の内部を探らせないようにするということに、そもそもの目的がある。これは、戦前存在した軍機保護法や要塞地帯法と通ずるものである。
しかし、日本共産党が「防衛省は全国約650の「防衛施設」に隣接する土地を調査した結果、「現時点で、防衛施設周辺の土地の所有によって自衛隊の運用等に支障が起きているということは確認をされていない」(2020年2月25日、衆院予算委員会第8
分科会、山本ともひろ防衛副大臣=当時)としていました。」と報道するように、この法案には現時点でそれを必要とするだけの立法事実はない。
また、防衛省の赤嶺政賢衆議院議員の質問に対する回答によれば、防衛省が2013年度から2020年度に全国約650の自衛隊や米軍基地の隣接地を対象に、不動産登記簿を基に土地所有者を調べた結果、7万8920人の所有者がいるが、外国人は7筆
にとどまっている。なお、このうち沖縄関連は13.7%にあたる1万850人の所有者が確認され、外国人所有者はいなかった。なお、この調査には、返還が合意されている普天間飛行場などの米軍施設は含まれていないという。
また、個人情報を収集するきっかけは、当該対象施設の機能を阻害するか否かということにあるが、収集する個人情報の内容は、調査のきっかけとなった施設の機能との関連に限定されない。たまたま対象施設の周辺に居住したことが個人情報を収集する根拠となる。そして、その個人情報をどのように使用するかは内閣総理大臣の専権であり、それを関係行政機関に提供することも内閣総理大臣の自由に任せられている。その結果、事例2のように、放送局や銀行とは関係のないヒロシくんの原発関連の個人情報が収集され、国が勝手にその人物の評価を行い、それをヒロシくんが受験した村役場に伝え、そしてまさしく伝えることで「このような人物は有害である」とのメッセージを送り、ヒロシくんには理由を伝えないまま不採用とするのである。
琉球新報は「国に調査されるかもしれないというだけで、政府への批判的な言動を萎縮させ、施設から起きる騒音や環境汚染に抗議することをためらう空気を生むだろう」と指摘している。前述したこの法案の内容からすれば、その指摘は正しい。そしてそれは、基地周辺や国境離島に居住する住民だけではない。日本国中どこに住んでいても「重要施設」が近隣にあるということだけで、内閣総理大臣によるあらゆる個人情報の収集を合法化するものであり、日本国民全体の問題である。なお、このようなことは現実に起こっていることである。現在岐阜地方裁判所で争われている大垣警察市民監視違憲訴訟の事案は、中部電力の子会社シーテック社が、岐阜県大垣市の山間部で風力発電建設を計画し、その計画を知った地元住民が風力発電について勉強するなかで地元として反対の意思を表明した、ところが大垣警察署公安は、シーテック社の担当者を少なくとも4度にわたって呼び出し、地元で勉強会の中心となった人物と、それまで風力発電問題には関わってこなかった大垣市在住の市民運動家を結びつけ、これまで警備公安警察が収集してきたそれらの人物の個人情報から勝手に彼らの人物像を作り上げ、「この人たち
が関わると全国から人が集まり大垣市は大変なことになる」と言って警戒を指示したというものである。
この法案は、報道されているように、憲法で保障された財産権を侵害するものであり、以上見てきたように、普通の庶民の生活を侵害するものである。しかしそれにとどまらず、憲法で保障された思想信条の自由、自分の情報は自分でコントロールできるという人格権ないし個人の尊厳、そして、三権分立、平和主義や国民主権といった憲法の基本原則を蔑ろにする。そして、なによりもまさにこの法案は、国家秘密法、共謀罪、盗聴法、安保法制、ドローン規制法改悪、そして9条壊憲という、「戦争できる国づくり」の一連の立法の一環に位置づけられるものであるし、デジタル庁法案とも共通する国民監視国家作りの法案である。