海渡雄一 今日の朝日新聞報道を読んでいただきたい。 昨日の赤旗に続いて、全面展開で、法案の問題点を書いてくれた。 全国紙政治部の意気を示した素晴らしい記事だ。 法案の内容があいまいで、人権侵害の危険性があることがしっかりとまとめられている。 しかし、伝えられる情報によれば、与党は明日の内閣委員会で法案を採決しようとしているようだ。 野党側は、審議の続行を求め。採決に反対しているものの、与野党で付帯決議をまとめる動きも表面化している。 沖縄タイムスの社説に「自民、立憲民主両党は運用に関し国会や自治体の関与と、私権制限に配慮することを求める付帯決議に大筋で合意した。」とある 。しかし、これだけ不出来な法案について、付帯決議で濫用を縛ろうとしても無駄だ。 この法案はいったん廃案にして、ゼロから作り直すほかに道はない。 アメリカやオーストラリアのように、端的に、外資による基地周辺土地の取得だけを禁じ、住民の監視などはやめればよいのだ。 いま、国会議員は、1937年軍機保護法の制定の際の苦い経過を思い返すべきである。 軍機保護法案が旧軍機保護法の改正法案として第70帝国議会に提出されたのは1937年2月であり、陸軍によるクーデターで多数の要人が殺害された2.26事件の1年後であった。日中の全面戦争の端緒となった、盧溝橋に銃弾の音が轟くわずか4か月余り前、時はまさに準戦時から戦時への端境期のことだった。 この法案は、海軍省、内務省、司法省の協力を得て陸軍省が作成したものである。 帝国議会(七〇回貴族院)で、杉山元陸軍大臣の行った提案理由演説においては、 ① 世界各国は峻厳な取り締まりをしている。 ② 軍機保護法は現在の要求を満たさない。 ③ 軍事上の秘密の種類と範囲を明確にし、省令で公示する。 ④ 軍事上の秘密を要することが近代戦の特質である。 ⑤ 過失に基づく行為等については、全体としての刑は引き下げると共に、極刑を科すことも可能にする必要がある。 ⑥ 自首したときは減免できる規定を設け、国防上公にしないで処理できるようにした。 などの提案理由が説明されている。 軍機保護法案は、軍部、とりわけ陸軍の支持を受けた林銑十郎内閣により、議会に提出された。 軍機保護法案については、提案の当初、臣民の権利義務に重要な関係を有する事項は命令ではなく法律で定めるべきではないか 、死刑を科すような重大な刑罰法規の構成要件を陸海軍の大臣の命令にゆだねるのは不思議である、スパイだけでなく善良な国民でも引っかかりうる、このような法案が厳格に適用されたら、「うっかり話もできない、新聞や雑誌に書くこともできない」などの正当な批判がなされていた 。衆議院の名川侃市議員は、一般国民は省令にあるかどうかなど、わからないはずで、「軍機と行って何で知るのでありますか、そこを承りたい」と核心を突く質問を行っている 。しかし、衆議院での審議が始まっまもなく、林銑十郎内閣が衆議院を解散し、法案はいったん廃案となる。6月4日に第一次近衛文麿内閣が成立し、7月7日には盧溝橋事件が発生し、日中全面戦争に発展していく情勢となっていく。 1937年7月25日、新たな構成のもとに開会された第71回議会にこの法案は再提出され、7月30日には、貴族院本会議で法案は可決され、衆議院でも8月8日には成立している。 慎重な審議の姿勢を貫くことは、戦線拡大の中で不可能となっていったのだ。 しかし、このときにも、法案審議の過程で、政府案の問題点を厳しく指摘していた名川侃市議員の提案によって、「本法に於て保護する軍事上の秘密とは不法の手段に依るに非ざればこれを探知収集することを得ざる高度の秘密なるを以て、政府は本法の適用に当たりて須く軍事上の秘密なることを知りてこれを侵害する者のみに適用すべし」との付帯決議をつけた上で、全会一致で可決されている。議会の最後の抵抗であったともいえるが、その後の歴史は、このような気休めの付帯決議がほとんど役に立たなかったことを示している。 現時点は、明らかに歴史の岐路である。いま、この稀代の悪法に、付帯決議で歯止めをかけようと努力されている立憲民主党の理事の皆さんは、このような歴史的誤りを繰り返そうとしていると私は考える。 まだ、法案は衆院内閣委員会にある。 この国会は6月17日には閉会する。会期は三週間しか残されていない。必死に抵抗すれば、この悪法をいったんは廃案にすることができるだろう。私は祈るような気持ちで、立憲民主党の幹部の皆さんに、付帯決議路線を清算し、この悪法には廃案一択で抵抗してほしいと呼びかけたい。